2015 高校合格体験記

やってよかった!やっぱり川ヨビ!

T.Aさん(鶴見区・私立中)

慶應女子・早大本庄・青山学院・豊島岡女子・桐蔭学園(理数) 合格

 私は確信している。「私ほど不幸な受験生はいない。」

 中三の十一月、足のケガにはじまり、冬期講習中の手のケガ、入試二週間前のインフルエンザ。手をケガした時には鉛筆すら握れず、まさに「絶望」のどん底にあった。。

 度重なる不運の中、なぜ私は合格できたのか。

 川ヨビに入ってから、私はただ先生に言われたことを確実にやるだけだった。しかし、気がつくと成績が上がっていた。特別なことはしていない。月日が経てば経つほど、川ヨビの勉強は難しく、量も多くなった。私は必死に置いていかれないようにした。

 中三の夏期講習になると、一気に厳しさが増し、娯楽に逃げてしまうこともあった。そんな中での足のケガ。入院をすることで、受験勉強・学校・遊び、全てから一度距離を置くことになった。そこで自分を見直すことができた。

 そこからは志望校合格に向けてひたすら走った。とは言っても、私は先生から指導されたことをめげずにすることしかしていない。やはり、これが合格の一番の秘訣だと思う。

 入試当日、それまでたくさんの経験をした自分を信じて、目の前の解答用紙に全てを注いだ。合格発表日に親から一通のメールが届いた。たった二文字のメール。「合格」に家族全員が大喜びをしたことは忘れられない。

 私がここまで来られたのは、ただ努力をしたからだけではない。全力でサポートしてくれた先生方、ふざけ合い、励まし合い、競い合った友達、そして何よりも、常に私のことを一番に考え、支えてくれた家族がいたからこそだと思う。特に家族にはたくさんの迷惑をかけた。感謝の気持ちが尽きることはない。むしろ、不運なことがあったからこそ成長もでき、今回の成功や周囲の人たちの有難さを人一倍実感することができたのだろうか? ならば筆を置くにあたり、私はこう書き直そう。

 「私ほど幸福な受験生はいない。」


H.Tくん(大田区・清明学園中)

慶應義塾・早大学院・早大本庄・渋谷教育学園幕張・市川 合格

 小学五年生のとき、僕の成績表を見た母がこう言った。「あんた、小六になったら良い塾探さないとね。」 言われた僕はあまり嬉しくなかった。小学一年から通い続けていた塾がラクだったからだ。いくつかの塾を転々としているうちに、小六の一年が過ぎてしまった。

 中一になり、両親が僕の高校受験を意識して選んだのが川ヨビだった。初めて通う集団指導タイプの塾なので、自分に合うか不安を覚えたが、その不安はあっという間になくなってしまった。川ヨビの授業は楽しく、知り合いもいたし、友人にも困らなかった。小六の頃は、定期テストの直前に勉強するだけで、そのテストの結果はまずまず良かったものの、年度末の学力テストはあまり芳しくなかった。しかし、中一になり、川ヨビで勉強を進めていると、定期テストの勉強でも明らかに自分が違っているのを感じた。「定期テスト直前の詰め込み」をしなければならない量が激減していたのだ。それからは勉強がとんとん拍子にはかどり、中学では周囲からも「できる奴」と見られるようになった。小学生の頃はよく「バカだ」とからかわれていた僕にとっては夢のような変化だった。

 中三の春がやってきた。それまで、つい手に取ってしまっていたゲーム類を親に預け、本腰を入れて受験勉強をし始めた。本番までの一年は瞬く間に過ぎたように感じる。Kクラスに入り、夏期講習では十時間勉強に挑戦、冬期講習から直前期を頑張り抜いて、いよいよ入試初日を迎えた。すこし緊張したが、結果は合格だった。自分にさらなる自信をつけ、第一志望の慶應義塾にも合格することができた。

 祖母に、「まさか、あんたがこんなに頭が良かったとはねぇ。」と言われた。僕も本当にそうだと思う。川ヨビに入ってから、自分は本当に変わった。毎日が前進の連続だった。僕をここまで引き上げてくれた川ヨビに対する感謝は、この先決して消えることはないだろう。


M.Hさん(幸区・南河原中)

渋谷教育学園幕張・早大本庄・豊島岡女子・青山学院 合格

 小学生のことはまったくというほど勉強をしていなかった私は、初めは川ヨビの勉強についていくことができずに最下位争いをしていた。このまま川ヨビを続けていくことは辛いかもしれない、と思っていた。しかし、そんな思いを振り払えることが起こった。中一の夏期講習後期の講習テストで全体の四位になることができたのだ。そのときは信じられなかった。私はそれ以来、上位をキープできるようになり、川ヨビでの勉強にも少し余裕を持ってついていくことができた。正直なところ、要領よく進められるようになったことで、油断をしていた部分もあったと思う。

 中三の夏、中途半端な私に罰が下ったのだろう。中三の夏は川ヨビ生にとって最も大切な時期で、課される課題はそれまでの比ではない。「本当の勉強」をしていなかった私は、それらの課題をうまく消化することができず、まわりに取り残されていた。

 そんな私の「夏」は冬に始まった。このままではいけないと気づき、心を新たにして勉強の姿勢を改めた。親に「英語を抜いたらただの凡人、下手したら凡人以下」と言われたことがあるが、確かにその通りだった。ならば英語をもっと伸ばし、他科目を凡人より少しできるくらいにすればよいのではないかと考えた。時間がなくなったゆえの最終手段ではあったが、実行して後悔はしていない。英語はイディオムを一からやり直した。不勉強だった分、抜けている部分が多かったからだ。数学はわからないところをひたすら質問しまくった。先生にはたくさん迷惑をかけたと思う。それでも先生に「疑問を解消して次の問題を解くと必ず出来るようになる」と言われていたので、その言葉を信じて実行した。私なりの「努力」が実感できたのは入試直前になってからだった。数学の解法が少しずつ見えるようになり、三教科の成績が安定するようになった。やっと受験校に近づいた気がした。

受験シーズン到来。力が足りているとはまったく思えなかったが、持ち前のポジティブ精神で何とか乗りきれた。一時はどうなることかと思ったが、最終的には良い結果を残すことができて本当によかった。私を成長させてくれた川ヨビに感謝している。

O.Aさん(幸区・南河原中)

早大本庄・青山学院・豊島岡女子・桐蔭学園(理数) 合格

 私は中学二年の夏から川ヨビに入りました。国語と数学はもとからある程度できたのですが、英語は全くと言っていい程できなかったので、英語が一番の壁となっていました。

 入った当初は文法の基礎を学んだり、イディオムを暗記したりしていましたが、その時は英語の力がついているとはとても思えませんでした。ですが毎日続けているうちに少しずつユニットテストの得点が上昇していき、三か月後ぐらいには目に見えてテストの点数が上がりました。また、入学当初は「英語の中で苦手な単元は何か」と聞かれても「分からないところが分からない」、「全て苦手だ」としか答えられませんでしたが、その頃には具体的に「○○と△△はそこそこできるが、××ができない」と答えられるようになっていました。

 この成長には「復習ノート」の力が大きいと思っています。ユニットテストでできなかった問題、間違えた問題に解説をつけて、最後に正しい英文を五回書いて練習するノートです。この作業を続けているうちに、中でも特に、間違えた問題に解説をつけるという作業のおかげで、文法や熟語の暗記を定着させることができたと思います。

 その後も、英語という壁は少しでも気を抜くと、すぐに私の前に立ちふさがってきました。ですが、その壁を乗り越えたことで、そして最後は気を抜くことなく勉強を続けたことで、早大本庄や青山学院、豊島岡女子という名門校に合格することができたのだと思います。

 中学二年の夏から入学した私が、早大本庄に進学できるなんて、川ヨビに入学した時は予想もしませんでした。ここまで成長できたのは、先生方の本気の熱の入った指導によるものです。たった一年半でしたが、本当にありがとうございました。

Y.Nさん(幸区・南河原中)

青山学院 合格

 中学一年の四月、川ヨビで新入生のためのガイダンスを聞きながら、これからどうなるのかと不安と期待で一杯だった。夏になると、私の前には「数学の壁」が立ちはだかった。なかなか乗り越えることができなかった。宿題もきちんとやった。テストのばつ直しもきちんとやった。問題集もきちんとやった。人一倍努力しているのに、結果がでなかった。悔しかった。中学三年生になっても、やはり「数学の壁」は乗り越えられていなかった。ばつ直しが多すぎて夜中まで机に向かうこともあった。毎日が辛くて「やめたい」と思ったこともあった。そんなある夏の日、いつものように数学の問題を解いていると、いつもよりスラスラ解けているのに気がついた。夏期講習での毎日の数学のテストでも上位に入ることができた。そして講習テストでは学年全体で一位を取ることができた。三年生の夏、私はやっと「数学の壁」を乗り越えることができた。本当にうれしかった。

 ばつ直しで注意したのは、先生に言われたように、「自分で後から見てわかるノート」を作るようにしたことだ。これは、「正しい答えまでの思考の過程を、正確に言葉で残していくこと」だ。今、振り返ると、これを続けたのが一番効果的だったと思う。

 私がこの三年間で学んだことは、「努力を怠らない」ということです。私は二年間かけてやっと、「数学の壁」を乗り越えました。乗り越えるまでの道のりは決して楽ではなく、時間がかかりました。あきらめそうになったこともあったけれど、あきらめず努力し続けたから第一志望を手にした今があるのだと思います。これは勉強だけではなく、いろいろなことに大事だと思います。高校生になっても、「努力し続けること」を忘れずに生活していきたいです。

 私は小学生のGコースから五年間川ヨビにお世話になりました。中学生になってからは学校と川ヨビの両立にとても苦労しましたが、第一志望校の合格を手にした今は、それも全て良い思い出です。これまで私を支えてくれたすべての人に感謝を込めて「ありがとうございました。」

T.Rくん(大田区・清明学園中)

慶應義塾・早大学院・中大杉並・立教新座・市川 合格

 慶應義塾・早大学院・市川・立教新座・中大杉並、全ての受験校から合格をいただくことができたのは、川ヨビでの三年間があったからだ。「MARCHの付属に入れれば…」と考えていた僕がこの結果を残せた。以前の自分には想像もできなかったことだ。

 中二の六月、僕はSクラスからAクラスに異動した。その連絡をもらった日は、部活動の試合に負け、次の試合に出られないことが決まっていた。帰宅した僕は、母からクラス変更を聞き、号泣した。川ヨビも部活も一生懸命頑張っているつもりだった僕は、何故自分がこんな目に合わなくてはならないのか、まったく理解できなかった。それでも降級となったことで、自分の受験について真剣に考え始め、一刻も早くSクラスに戻りたいと頑張った。ところが、なかなか一位をキープできず、クラスを変えてもらえなかった。

 中三になって、やっとSクラスに戻れることになった。頑張ったかいがあって、四~六月は順調に一位になれた。このまま順調にいけると思っていた夏、得意な英語が伸び悩んだ。もともと苦手な数学が相変わらず足を引っ張っていたこともあり、部活を引退した後は、本気で数学に取り組んだ。毎日毎日、川ヨビから帰った後、自分で数学の勉強をした。夜中の二~三時に寝ることもあったが、僕には「やらない」という選択肢はなかった。

 先生方に「夏の成果は秋以降に実る」と言われたことを信じ、努力を続けた結果、秋にはまた成績が上がった。数学の苦手意識は消え去り、英語・国語はさらに安定した。川ヨビでやってきたことこそが、受験直前の僕の自信につながった。ある先生に「一番伸びたね!」と言われた時は、本当にうれしかった。

 一月の市川合格で、自信は確信となった。そして、早慶の入試で全力を出し切ることができた。様々な面でここまで成長させてくれた川ヨビの先生方に、心より感謝します。高校に行っても、目標を持ち続け頑張ります。ありがとうございました。

Y.Sくん(川崎区・川中島中)

慶應義塾・早大学院・早大本庄・立教新座 合格

 僕は小学四年生の時から川ヨビのGコースに入っていましたが、まじめではなかったので、勉強は全くできませんでした。そのまま中一になっても、成績が上がることはなく、ボーっと時間を過ごしていました。

 進展がないまま中二になった時、それまでの単元も含めて、先生が最初から丁寧に教えて下さったので、だんだんと英語が上昇し始めました。とても分かりやすい授業で、僕の勉強もはかどり、中二の十二月ころには英語が得意教科と呼べるほどになり、力強い味方になってくれました。

 中二の冬期講習からSクラスに異動することになりました。そこでは前のクラスとの進度差があったため、英語が少し分からなくなりましたが、間もなくその溝をうめることができました。

 中三の夏から、とても苦手にしていた数学に力を入れ始めました。長時間勉強できる夏を利用して、苦手な数学を克服したいと思ったからです。結果は大成功で、いつもSクラスの中ほどの成績だったのに、上位が安定するほどになったのです。夏期講習の前に先生と面談した際、「数学をなんとかすれば、早慶レベルを取れるんだから、本気でやってみろよ」と言われた時、自分の中で何かが変わるのを感じました。

 中三の十一月、国語が思うようにできなくなりました。十二月の定例テストでは三十点台後半という驚きの点数を取ってしまいました。原因は知識不足にあると分かったので、十二月から国語の知識を増やしました。最後まで自分を支えてくれたのは得意教科の英語と、苦手を克服して得意教科にまでなった数学でした。国語が三十点台後半という最悪な結果でも、他の二教科が救ってくれました。そのおかげでくじけず、かんばれたと思います。入試の出来は、全ての高校で「微妙」でしたが、全てに合格できました。

 三年間まじめにコツコツがんばれば、志望校合格を勝ち取ることは可能です。がんばってください。

A.Kくん(川崎区・田島中)

明大明治 合格

 僕は中学受験を失敗して川ヨビに入塾しました。中学受験は、小学六年の一年間だけ勉強しただけで、「受かればラッキー」という軽い気持ちでした。でも不合格という結果を知ると、悔しい気持ちの方が強くなって、「次は合格したい」と思うようになり、実績十分の川ヨビに通うことを決めました。

 通い始めてからは、「厳しいな」「大変だな」と思うこともあったけれど、その分だけ学校での成績は常に上位になり、手応えは感じていました。親も学校の成績には満足し、勉強が楽しかったです。でも、そのせいか中学の友達からは「中一からガリガリ勉強しやがって」と言われたり、ケータイを持っていないことをからかわれたりしました。今振り返ってみると、塾と学校のギャップに対応することが一番辛かったと思います。もっと早くに克服できていれば、もっと早くに上のクラスに上がれたのかもしれません。

 二年生になってからは、僕自身が落ち着いてきたこともあり、「自分は自分」と割り切ることができました。しかし中二ということもあり、目標が明確にできなかった時期でもあったと思います。ところがここで、中学三年間での一番の転機がありました。二年生の夏期講習の最初に、「二年生が一番大事な時だ」と言われたことが、なぜか一番印象に残っています。受験は二年生で決まるという言葉が強烈だったんだと思います。正直、三年生より、二年生の時の方が、楽しく勉強していたと思います。

 そして三年生。入試の日は全く緊張せずに臨めました。それも三年間勉強してきたという自信があったからです。川ヨビは確かに厳しい塾だったけれど、それだけの「見返り」があります。一・二年生の時は辞めたいと思ったこともあったけれど、三年間通塾して本当に良かったです。ありがとうございました。


ここに掲載した「体験記」は、一部に加筆・修正を加えた以外は、全て合格者の筆によるものです。


合格者による喜びのひとこと

O.Sくん(鶴見区・寺尾中)

開成・慶應義塾・早大学院・早大本庄・渋谷教育学園幕張・
市川 合格

 開成合格の知らせを受けた時、とても誇らしく思いました。今までの努力は無駄ではなかったと実感できました。川ヨビでの三年間は僕の学力を飛躍的に伸ばしてくれました。勉強面だけでなく精神面でも支えてくださった多くの先生方にとても感謝しています。


M.Hさん(鶴見区・寺尾中)

横浜サイエンスフロンティア・山手学院(理数) 合格

 中学校の勉強の先取りが目的で入った川ヨビ。部活中心の生活を続けていたために、成績があまり良くなかった私だが、目標を持てたことで、それが私のエネルギーになり、最後までやり遂げることができた。川ヨビを続けたからこそ、私は変わることができたと思う。


Y.Rさん(鶴見区・矢向中)

国際基督教大高校・中大杉並・かえつ有明 合格

 私が後輩に言えるのは、「結果ばかりを気にするのではなく、今自分がやれることをやりつくそう」ということです。そして家族や周囲への人への感謝の気持ちを忘れないで過ごそうということを私は受験から学びました。


S.Hさん(川崎区・田島中)

中央大学高校・日本女子大学附属・桐蔭学園(理数) 合格

 思うように学力が伸びず、悔しい思いをすることもありましたが、復習を中心とした自分の勉強スタイルで学習を進めてきました。川ヨビで培った向上心や忍耐力は、この先どんな困難でも乗り越えていける礎になったと思います。


I.Rくん(川崎区・大師中)

早大学院・山手学院(理数)・市川 合格

 中一では英文や単語をノートにたくさん書いて練習し、英語の力が着実についていきました。数学では間違えた問題を一つ一つ丁寧に解き直し、自作のノートを完成させました。このように、努力が実ったのも先生方のおかげです。ありがとうございました。


J.Mさん(大田区・清明学園中)

明大明治・中大杉並・東海大浦安 合格

 成績が伸びずに悩んだことがありましたが、課題をきちんとこなすことで、徐々に成績が上がりました。三年前には考えもしなかった学校に合格できたのは、厳しくそして熱く指導してくださった先生方、励まし合った仲間のおかげです。


Y.Yくん(鶴見区・市場中)

早大学院・明大明治・中大杉並・山手学院 合格

 私は小学生のGコースから五年間川ヨビに通い続けました。そこで学んだのは「諦めない心」でした。第一志望校の試験でも、最後まで諦めないで解けたからこそ、合格を勝ち取れたと思います。ご指導くださった先生方、ありがとうございました。


S.Tくん(川崎区・富士見中)

中央大学高校・明大中野・文教大付属 合格

 最後は「この学校に入りたい」という強い気持ちが合否を分けたと思います。三年間、辛いこともありましたが、川ヨビで努力し続けてきた経験は強い自信になりました。支えてくれた家族や川ヨビの先生方、本当にありがとうございました。

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